1929 Segovia's first visit to Japan [Welcome party in Osaka]
1929年(昭和4年)11月2日 アンドレス・セゴヴィアを囲んで 大阪朝日会館

[*挿画元]:https://www.digitalguitararchive.com/category/articles/locations/japan/page/2/
07-01-Study-of-Mandolin
[*中央座居1列の左側より]:村上三郎・4人目:貴家健而・7人目メガネ:深川義圀(神戸黎明)・8人目:伊藤鉅寒(エトワール)
[*中央座居2列の中央]:アンドレス・セゴビア[*セゴビア列の右端女性の上中腰]:荻原広吉
[*中央座居2列の女性]:2人目富田夫人艶子女史
[*中央座居1列/2列の間右端]:小泉(名古屋DRLR)
[*右端の椅子に座してる]:ストローク(マネージャー)
[*立居の右側]:2人目 富田勇吉6人目中腰荻原広吉
[*立居の左端]:1人目 湯崎敬二(下関)2人目 松井龍三
5人目:向井正(R・M・G)[※]6人目:片野実雄
[*名入れ]:『写真で見る日本ギター史』1992年3月30日初版発行
発行所:現代ギター社/安達右一・監修【GG番号】GG090/P.13
[※](R.M.G.):Revue Musicale des Mandoline et Guitares / 雑誌「マンドリン・ギター評論」
[1929年 アンドレス・セゴビア初来日 演奏会スケジュール]
■10月26日~10月28日 アンドレス・セゴビア ギター演奏会 帝国劇場 [※コンサート・プログラム]
■11月1日 アンドレス・セゴヴィア公演 京都市公会堂
■11月2日 アンドレス・セゴヴィア公演 大阪朝日会館 [※コンサート・プログラム] (11月2日 歓迎会)
■11月4日 アンドレス・セゴヴィア公演 神戸基督青年会館
■11月9日・10日 (マチネー[※])セゴビアの告別コンサート 帝国劇場
※「マチネー」は、演劇や映画館などで昼に行われる公演や上映のことです。フランス語で「午前中」を意味する「matinée」が語源です。
[*参照]
マンドリンギター研究
大阪音楽大学/大阪音楽大学について/1915年~1930年
関西連合RMG誌友歓迎会 | 『大阪ではRMG誌の誌友によってコンサート後の小時間にもセゴヴィアの歓迎会が開かれたのは何よりうれしいことである。 向井 正氏のご尽力と彼の地の同好家のセゴヴィアへの憧憬とが、此の挙を成功せしめたものである。 同会においてセゴヴィア氏に贈られた「京人形」は、彼の家庭を華やかに飾るであろう。 なお向井氏の好意によって私に贈られた同会の記念写真(本誌貼付)によれば、関西の同好家の主要な人々はみな顔を出されている。 そしてこれを機会として関西でのプレクトラム機器についての同好家の集まりが恒久的に出来ようとしていることを聞くのは一層嬉しい事であり、セゴヴィア自身にとっても満足であるに違いない。』 [武井守成 執筆談:まんどりんぎたー研究 昭和5年1月1日発行 第7年 第1号より] [*出典]:digitalguitararchive |
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『通信』 萩原氏よリの関西通信(神戸) |
『本月2日(11月)に大阪にてR.M.G.主催セゴヴイア氏歓迎茶話会をしました。 名古屋、京都、大阪、神戸、山口、下関の同好者参集するもの60名仲々の盛会でした。 セゴヴィア氏からはギターに対する注意などを伺いました。 教則本はアグアードのものを推奨し、絃はがツトを用うる事、湿気が多くて切れるならば、どうぞその都度新らしいのを替えて下さいなどと笑いの内に申されました。 そして音楽に対して常に感戟(感激)を忘れてはいけない事、常にスケールを練習する事など・・・・・。 タルレがの息子は今ドイツで数学の先生をして居るそうです。 ギターはミュンヘンのヘルマンハウゼルの楽器が一番よいと申されまLた。 大阪第一夜の演奏楽器は私逹拝見Lましたが1928年の製造のものでした。 教則本はアグアードのものを最初上げたらばジュリアーニに付右手の練習をし、それからソルの全部に付いて勉強して下さいと申されました。 尚一同から京人形を贈りましたら大変喜んで日本へ来て日本娘を連れて帰ることは予期していなかつたと御愛嬌を言うていました。 当夜の記念撮影の写真を一両日中に進呈Lます。 この時の写真にはセゴヴィァ氏のサインを一枚一枚して頂いて皆に分げました。 又セゴヴイア氏に贈るこの記念の写真の裏紙には60名の各自がサインしました。 この会合を機会に関西に於ける連盟を起す事に話が進んで来ました。 神戸に於ける同好者の集りは12月8日に催すことになりまLた。』(大阪朝日、神戸版記事参照別送)以下略。 [*出典]:digitalguitararchive/1929-18-Armonia/P.24 |

1929年 アンドレス・セゴビア「第1回来日 コンサート・プログラム」表紙
[左側]:1929年11月2日 「プログラム表紙」大阪朝日会館 , [右側]:1929年11月9日・10日 「プログラム表紙」 東京帝国劇場
1929年10月26日 セゴヴィア リサイタル・プログラム [於 東京帝国劇場]
プログラム (第1夜)
1.A)スペインのフォリア(ソル)
B)セレナータ(マラッツ)
C)舞曲(トロバ)
D)アラールの練習曲(タレガ)
E)アランブラの思い出(タレガ)
2.A)フーガ
B)ガヴォット
C)サラバンド
D)ブーレ
E)メヌエット・・・・・・・・・(以上5曲)バッハ
3.A)ファンダンギリョ(トゥリーナ)
B)カンシオン(ポンセ)
C)スペイン舞曲5番(グラナドス)
D)史曲(アルベニス)
[*転載]:digitalguitararchive/1929_06-12-Study-of-Mandolin-and-Guitar/マンドリンギター研究/P.12-P.23
『三夜に亘るコンサートにセゴヴィアを聴きて』 武井守成
此稿は私が雑誌「帝劇」11月号に掲げた曲目開設の補いであり、所感の発表である。
従って前記「帝劇」と併せて見て戴く事がI出来れば最高である。
第一夜(10月26日)
暴風雨に近い大雨。ギターにとつてのコンディションは頗る悪い。セゴヴィアに取っ
て最も苦しいコンサートであったらしい。彼は殆んど間断なくペッグを回して調子を合わせなければ成らなかった計りでなく鋏を取り出してガット線のケバ立ったのを取り去る事、再三に及んだ。
一.
(イ)西斑牙の浮かれ者(ソル)
ソルの作品15番の1、主題と四つの変奏とーつのミヌエットをもつ小変奏曲であるが、セゴヴィアは第3の変奏省き直ちに第4変奏に入り次に全然別個の・・・・恐らくセゴヴィアの編んだ・・・・・変奏が入り、ミヌエットを除き主題に戻つて終わった。
此プログラム第1曲で直ちに感じたことは彼のレガー卜が正しく美しい事である。彼はその美事なスタッカートとピッツイカートとを此申し分ないレガートで一層美しく飾り立てる。撥弦楽器の、ともすれば非難されたがるレガートも一度彼のそれを聞けば直ちに疑間は解け去ってしまう。
(ロ) 小夜曲(マラッツ)
ホアキン・マラッツの原作で、タルレガの編曲したもの(出版前A)をセゴヴィアが更に編み直して居る繊麗な商品である。
(ハ)舞曲(トルロバ)
カステリアの組曲(出版所B)中の第3楽章であろうと想像し、彼もまた「其の通り」と答えたが、実際に演奏されたものは全然別のものであった。唯、この曲は如何にもギター的で些(いささか)の無理がない。
(ニ) アレグロ・トランクエロ(パガニーニ)
セゴヴィアは出版所を記憶していなかったので判らなかったがタルレガのアラールの練習曲である事を大河原君が発見した。クラシックな繊細な美しさをもつ良い曲で 演奏も極めて楽々と手に入っていた。
(ホ) 練習曲(タルレガ)
予想通り「アルハンブラの思出」で、ヴィクターから出ているものである。温気の為ちょうし整わず。
奏く彼も聴く我々もともに苦しかった。然し彼の絶対なトレモロの奏法は ギター奏者にとっての多大な参考であった。
二.
(イ)フーガ (バッハ)
(ロ) ガヴォット (同)
(ハ)サラバンド (同)
(ニ) ブーレ (同)
(ホ) メヌエット (同)
フーガは私の予想と外れてヴァイオリン独奏の第1ソナタそれではない。ガヴォットは予想通り第6ソナタの第3楽章でレコードに吹き込まれたもの(出版所B)、耳馴染みの為でもあるが聴者には非常に喜ばれた。サラバンドは予想外れで第2ソナタのそれではない。ハイドンのメヌエットはニ長調の交響楽のそれでセゴヴィアによって編まれたもの。(出版所O)予想通りである。
三.
(イ)ファンダンギリオ (トウリーナ)
冒頭から出てくる第5,6弦の打絃奏法(Percusion)が、レコードでは全然判らないが(恐らく此のテクニックではレコードに入りにくいので普通の弾弦を行ったように思う)じっさいのえんそうではそれが明らかになったので非常に愉快である。それからレコードでもよく判るがオーボエフェクトと、ハープエフェクトとの連続が、言葉で言い表せぬ程鮮やかである。親指の全弦急速通過(Pulgar)のもつ柔らか味と言うものを、お恥ずかしいが私は初めて知った。我々は兎に角にそうゆうテクニックを発音表現手段のように考えるが之は大なる誤りである。
(ロ)民謡 (ポンス)
「三つのメキシコ民謡」(出版所B)中の一つと言う予想は外れた。此の曲はやはり「メキシコ民謡」であるが前者以外のもので未出版である。この曲ではギターのハーモニック音の技巧を徹底的に示してくれた。殊にダブルハーモニックス(複合ハーモニック音)は脅威である。
(ハ)ホ短調舞曲 (グラナドス)
グラナドスの舞曲第5、リョベットによって編まれたもの(出版所D)、アンダンティーノ・クラージョ・アレグレットである。(出版されたものにアンダンティーノがアンダンテとなって居るのは恐らく印刷の誤りであろう)普通に考えるならばこの編曲はかなりに無理が多い。それは寧ろ不可能ごとを強要しているかの如く見られるからである。然しセゴヴィアの技巧は其の無理を超越しているから恐ろしい。この曲でもハーモニックスが効果を挙げている。
(ニ)物語り (アルベニス)
流石にセゴヴィアのレパートリー中で喜ばれるものの一つとしてその技巧には何らの不自然さも何らの不安さもない。繊細な右手弾弦のテクニックが全然この曲をわがものと仕切っている。
[総評]
総じて此日は湿気にたたられて、セゴヴィアの全能力を発揮することはできなかった。間断なくペッグを加減しなければならぬことは彼にとって随分と面倒な、且つ不安なものであったろう。彼は後になってこの日の演奏には全く弱ったと告白している。演奏としてトロバのソナティナのアレグレット、アルベニスのセヴィリア等を奏いた。トロバのアレグレットはやはり喜ばれた。雨の与えた悪いコンディションにあってさえ彼の義のは我々を十分に満足させた。使用機器はラミーレス。
[*転載]:digitalguitararchive/1929_06-12-Study-of-Mandolin-and-Guitar/マンドリンギター研究/P.12-P.16
※上記雑誌の「P.16-P.23」には「第二夜:10月27日、第三夜:10月28日」の論評も掲載されていますので、興味のある方はそちらもご覧ください。
1929年11月2日 セゴヴィア リサイタル・プログラム [於 大阪朝日会館]
プログラム (第2回)
1.A)ソナティナ・・・・・・・・・・・・ジュリアニ
B)主題による変奏曲・・・・・・ソール
C)組曲キャステラナ・・・・・・トルロバ
セゴヴィアの為に作曲
(イ)プレリュウド
(ロ)アラダ
(ハ)ブカレスク
D)エボケイション・・・・・・・・・タレガ
2.A)プレリュウディオ
B)アレマンデ
C)サラバンド
D)クウランテ
E)ガボッテ・・・・・・・・・・・(以上5曲)J.S,バッハ
F)グラシュウス・・・・・・・チャイコフスキー
3.A)セヴィラナ(セゴヴィアの為に作曲)・・・・・テュリナ
B)ト調ダンツァ・・・・・・・・グラナドス
C)カディス
D)セレナアタ
E)セヴィラ・・・・・(以上3曲)アルベニス